おれの微細記②

今日こんな投稿をしたんだけど、これについてちょっと書くぞーーー!

今日ね、ぴったりめの服を着たので3年ぶりくらいにブラをしてみたんだけど、それをそのままお母さんに言ったら爆笑してた。3年前はブラしないことに顔しかめてたのにすげーーーーー₍՞ . ̫ . ՞₎

https://bsky.app/profile/naaamnum538.bsky.social/post/3mt46nbb5cs2p

 

※身体違和・希死念慮・性加害への言及あります

 

今日はかなり身体のラインが出る服を着て、乳首のシルエットがでそうだったのでブラを付けた。何年ぶりにつけたかもう正確にわからないくらい久しぶり!ブラなんて付けたらしにたくなってしまうから付けてなかったんだけど、今日はなんかいけそうな気がして付けた。

 

少しさかのぼるけど、わたしが胸の違和をすごく強く感じたのって、男性グループとして活動してる好きなアイドルのvlogを見てる時だった。バッグを斜めがけにしている胸が平らだったの。平らで、わたしは「そっか!斜めがけしてもぺったんこな胸を経験している人がいるのか!」って感じだった。そしたら急に自分の胸がこうじゃないことを思い出して吐きそうになった。胸オペのことは知っていても自分の選択肢としては存在してなかったから、わたしがもともとこの感覚を持つことってもう絶対に無理なんだって思って、それがひどく絶望的だった。胸があることがありえなくて、もともと猫背だった姿勢がもっと猫背になったし、胸を強調したくなくてブラもつけたくなくなった。

 

ブラを付けないことについて、親は反対だった。一人暮らししていた時、鬱がひどかったから時々親が家事を手伝いに来てくれた。そのときに洗濯物にブラが入っていなくて(というかそれでバレたら話しやすいかなと思って入れないままにしていた)なんで?って。ブラをつけたくないという話をして、そこからは喧嘩。時間が経つとともにおれの乳首が浮くってそんなにだめ?という話には反対しなくなったが、盗撮されたらどうするの?SNSにあげられたらどうするの?という点でだめなのだという。

そのため、シルエットが目立たない分には何も言ってこなくなった。それでわたしは、一人暮らしの期間と、目立たない服を着ている(というかそれしか着れない)実家住みの期間、ブラを着用せずに過ごしている。

 

今日着ようと思った服は明らかにシルエットが目立つ服だった。久しぶりにブラの存在を思い出した。引っ越しとともに全部捨てちゃったっけ?と思ったけど、2枚だけ残ってた!しばらくしてなかったからブラの違和がどんな感覚だったか忘れてる。わたしはこのぴったりとした服が着たい。なんかおれもY2Kな感じのgirlになってみたい。一旦試着!してみよう!

 

……意外といける!というかよくわかんないな。

えーーーーーーーでもなんかいつもより胸がでかく見えてるような気がする。

でもインスタとかで見てるファッションの画像に写ってるふつーーーのgirlだ。うーんでもきついよーーかゆいよーーー、バインダーにしようかな?いやもっと暑くないか?じゃ~嫌だ!んーーーーーぴったりな服を着たいという気持ちが一番強いから、今日は実験してみよう!

という感じで何年かぶりにブラをつけて過ごしてみることにした。

 

どきどきしながら自分の部屋からリビングに向かい、この「何年かぶりにブラをつけて過ごしてみる」という部分を母親に伝えた。そしたら親は爆笑してた。ぎこちないのがおもしろかったのか、3年ぶりくらいにつけて「みた」というのがおもしろいのかかわいいのか、反応は柔らかかった。よかったーーーーー!今日は一日これで実験できる気がする!!!!手芸用品を買いに行くのだ!!!

 

それで、話は一日どうだったかになるんですけど、思っているよりも気が散らなかった。やっぱり締め付けは嫌だったから、こんなの世界中の着用者が熱中症になっちゃうよ(泣)とか言いながらだったけど。(パッドが入っているので)胸元がなんかいつもより硬いなとは思ったけど、違和がひどい感じがしなかった。作り物の胸をつけてhotなgirlをやっています(=演じています)という感じがした。dragな振舞いをするのが好きなため演じていると思ったら割と楽しめた。

 

帰ってきてお風呂に入る前に、鏡で見つめてみた。うーーーん、よくわからない。一回twerkしてみた。思っているよりっぽくならないな。服を脱いでブラだけになってみよう!

 

そしたら、「これは!明らかに違う!!」と違和感がわたしに話しかけてきた。

なんかブラだけになったわたしの身体は、首から上と首から下で違う人の画像を切ってはっつけたみたいだった。知らない人の身体がある。わたしと関係ない身体がここに写ってる。

 

今日の実験結果。

えーーーーーーーーーーーやっぱだめかも。着てるのは気にならないけど、見るのは無理。あともう少し胸が小さく見えるものがいい。でも締め付けは緩いものが良い。そんなのあるか?でも演じるぞ~と思って身に着けるのは悪くない。こっちの方がわたしには合ってるのかもしれない。そんな感じでした。

 

以上、本日のfem transmascな日記!

AFAB nonbinary femboy(仮)の微細記①

なんかもっと自分の話を楽しく聞いてくれそうな人っていっぱいいる気がして、手元の日記にばかり書いてるような微細記をここで書きます。

最近「femboy」が自分のやりたいことと近い気がすると思い始めたところなんだけど、AFABのnonbinaryがfemboyと名乗ったうえですることって大事では?と思い、タイトルに入れてみた。

仮付けなのは、この言葉と出会ったばかりでよくわかってないとこもあるから……?(なんで仮付けしたいのかもまだ自分でよくわかってない段階です。所属感はめちゃくちゃある)

 

メモに残ってたたぶん2026-01-23の日記

風呂でAOAの「miniskirt」を踊る。

腰の動かし方が少しずつ上達していて嬉しい。反った腰のラインがきれいに出る時、すごくせくしーで気分が良い。

 

今日はうちらってなんでステージの上にいないんだろうねって話をした友達とプリクラを取った。いつもお風呂で1人でやってたアイドルみたいな可愛い表情をカメラの前でする。ぷりてぃーなおれたち、かわいい。うれしい。うがー、きゅ~と❣️って楽しい。

 

お風呂から出て体に乳液をぬる。一分丈のパンツをはいて、ブラをつけず、タンクトップを着る。この下着のスタイルにしてから自分の体が心地よくなった。

このごろはもう、私は乳房があっても問題ではないような気がしていたんだけれど、胸にある肉の塊をインスタで見かけたトランスの人みたいに、ちょっと、こう、横に肉の厚みを散らして、平たくして、その上からタンクトップを少しかぶせて、私のあばらには胸の厚みによる影が初めからないかのようにしてみた。そしたら普通に鏡に細身の男の人が立ってて、なんかこれはこれでいいかもしれないと思った。

 

1年半位の間に体重が10キロ落ちて(食欲がなかった時期があった)、前よりも女性っぽく見えるか男性っぽく見えるかの服のシルエットをコントロールしやすくなった。たぶん曲線が少なくなったからだと思うんだけど、でも、なんかそれって本で見かけた「太ってるジェンダークィアなんてありえない」っていう言葉が思い出されて、これが私のなりたいボディーイメージなのか、ステレオタイプに基づいた美的感覚から細身の体を持っていたいのか、もうちょっとよくわからない。

 

ここから今日。20260424 

DAYOUNGさんの「What's a girl to do」が最近わたしの中で来ていて、毎日風呂で思い出している。おれも…HOTなgirlに……‼❤️‍🔥と思いながら踊る(勘だけど)。

長い爪の鋭い指で来い来い(てきとーな名付けすぎる)する振り付けはかっこいいし、力いっぱいに体を揺らすエネルギッシュさもテンションが上がる。2番初めの、膝を外側に開きながらしゃがんでいく振り付けもだいすきで、わたしがこんな風に人前で自信満々にfabulous sexyをできる日は来るのかな?などと頭の中で会話する。今のところ絶望的。

 

でもテンションが上がってきちゃってるから、今度は頭の中にKATSEYEの「PINKY UP」が流れてくる(※1)。XLOVのバビズ(ウムティさんとルイさん)のダンスチャレンジがだいすきで、何度見たことか。ギラギラとした視線を真似る。リップシルエットも歯もはっきり見えるような口の動かし方を真似る。ピンッと指を張って伸ばして目をぱちぱちとかわいく瞬かせる。おれは今ギャルなのだ!

 

その流れでシャオジュンさんの「Backseat」ダンスチャレンジ(KARDのSOMINさんの曲)を思い出す。尻が生きていた……。あれをやりたいと思って、今日もtwerkをしてみる。数日前にコツを掴んだけれど、やっぱり人の尻ってこんなに揺れるものなんだなと思う。あと、前は自分のおしりの丸みが嫌だったが、twerkが映えるとその丸みも愛おしく思えてくる。ちょっとせくしーに見えるように手を添えると、なんか完成されたような気がして、気分が良かった。

 

そのあともう一回「PINKY UP」を踊った。twerkパートをね。そんな感じで今日のお風呂は筋肉痛の足を刺激して終わった。なんかずっと風呂の話をしている。でも風呂ってかぞく来ないし、でかい鏡があるし、おれだけのために踊れる(一緒に踊れる友人はいつでも募集しています)。実家に戻ってきてまだ2-3週間だけど、自分のクィアネスを放出する時間があまりにもないので、もう見失いそうです。だから消えないように風呂にクィアネスを住まわせることが最近の日課かもしれない。

 

 

※1 KATSEYE- PINKY UPについて(2026年7月5日追記)

トランスガールも一緒に踊れるわたしの大好きな曲です。
この曲のMVには、トランスジェンダーのアーティストたちが出演しています。

 

www.them.us

 

また、トランスの置かれている状況を踏まえた上で、あなたたちの味方をするつもりがあるという意味に取れる歌詞がいくつも出てきます。

 

以下公式MVより引用:

https://youtu.be/7F1ET2XHQfk?si=dR-y-76Rwq7A2rQP

 

Us against the world shaking ass in the parking lot
If wе get arrested haha baby Laugh it off

世界を敵に回し、私たちは駐車場で踊りまくる
もし捕まっても、笑って流せばいい

〈中略〉

And I'd kill em for you if it got that deep

もし事態が深刻になったら君のためにみんな殺してあげる

〈中略〉

"The only true wisdom is in knowing you know nothing"

真の知恵とは自分の無知を自覚することである

 

 

KATSEYEは、メンバーのLaraがPROTECT THE DOLLSと書かれた衣装を着てたり、
過去にMean Girlsという曲で、「Got bless the T girls, and all the in-between girls」という歌詞を歌ったりしています。

 

この人たちには確実に自分が見えているんだなと感じられることがあまりにも嬉しくて、その上で一緒に爆踊りをできるPINKY UPという曲があるのがより一層嬉しいです。

 

衣装と歌詞がわかる動画↓

youtu.be

 

youtu.be

踊ると身体って自分も知らない動きをするの

最近踊ることがだいすきだけれど、この踊りをしてみたい!このアイドルみたいに振舞ってみたい!と思ってから、振り付けを覚えるのにも、それをすらすらと表現できるようになるのにもすごく時間がかかる。

もともとダンスをしていたわけではないので当たり前だけど、思ってるよりも、自分の思うようには体が動かない。

 

わたしの好きなアイドルたちはどんな風にこのシルエットを作ってるんだろう?と思って、たくさん鏡の前で動いてみる。動画を見返してみる。

からだのどの部分に力を入れて、どの部分の力を抜いているのか。

角度はどのくらいなんだろう、指先はどこに向かってるの?

もっとからだを伸ばしきった方がきれいにラインが出るんだ。

重心ってこっちの足にかかってたんだ、てか背筋きつい。筋肉付けたい。

身体の中心にねじれをつくるのっておもしろい。

ここで視線を落としてみようって思ったのかなぁ。

 

こうやって研究をしていると、わたしの身体はこんなにもわたしの身体であるはずなのに、わたしがまったく知らない動き方をする。

自分が知らない動き方をするのも、魅力的に感じる動きを自分のからだがしてるのもわくわくする。

好きなアイドルの雰囲気をまるまる自分のものには出来ないけれど、それを真似してみるともっと自分のからだが自由だったんだって知れる。それだけでたまらなく楽しい。

おれは乳房のあるからだを持っていて、あとお風呂で踊るのがすき

私はお風呂で踊るのがだいすきで、膨らんだ乳房があってペニスがなくて腰まわりが張っていてけつの大きい身体をもっている。
前は乳房は女性を意味していておれは女性でないから乳房がいやだった、けど今は自分の身体が好き。

なぜかっていうと、男性に所属の近さを感じるおれのからだには、膨らんだ乳房っていう平均的な女性の身体的特徴があるけれど、それがおれにとって問題じゃなくなったから……ではなくて、男性に自認の近いおれのからだには乳房があるというだけだからである。

 

説得性がない?でも乳房があれば女性で、ペニスがあれば男性?乳房がないなら男性でペニスがないなら女性?身体とアイデンティティに関係性はあっても、特定の身体的特徴があることとある性別であることは同義ではない。それに、おれは自分の乳房に性別の意味づけをしていない。


おれがどんな体を持っているかとおれが誰であるかが結びつかないのなら、このからだで踊ることが好き。このからだは女性を意味しない。おれのからだ。

 

 

おれは男性に近い所属だけど、男性性を自分から感じることはあまりない。おれが「男性に近い性である」だけであって、自分のどこかに「男性らしさ」を感じてそう自認しているわけじゃない。
むしろ女性的な振る舞いをする男性の姿に自分を見る。フェミニンな雰囲気がする(ボーイズグループとして活動をする)アイドルを見て、なりたいって毎回思う。結局女性性を選ぶの?って思う人もいるかもしれないけれど、そういう話じゃない。

 

「男性(に近い性)である」がアイデンティティとして存在してる以上、「男性(に近い性)である」者でしかなくて、女性的な振る舞いを選択したからやっぱり女性なんだ、とか男性的な振る舞いをしたから男性なんだ、なわけがないだろ。自分の中に感じる女性性にうっとりして表現を選択をする時もあれば、そこに特定の性を見出さない時だってある。

 

だから別に、おれは女性と男性をやっている自覚はあんまりなくて、おれをやってるという自覚ならある。おれの好きなものを選んだら結果的に女性と結びつけられるものだったし、同時に自分の女性性もすきだった。それはおれが女性であるかないかが重要でない空間にいられたから思えたこと。

おれがどんな振舞いをしてどんなからだを持っているかによって、おれの性別が問われることがなければ、おれのやり方が問題にされなければ、からだも洋服も仕草も言葉もなにもかも、選んでいるのは女性性と男性性のどちらかのうちからかもしれないけど、やっていることはおれでしかなくなる。

 

だからもっと、ブラをしたくないとか、メンズのタンクトップ1枚で出かけたいとか、ビキニも着てみたいとか、しなやかでセクシーなダンスをしてみたいとか、肩・背中を使って大きく歩きたい、ピンヒールを履きたい、ミニスカートを履きたい、ロングネイルをしたい、まつ毛の強調もしてみたい、胸の凹凸なく斜めがけバックをかけたい、筋肉がほしい、一人称自由にしたい、女性のふりをせずに運動をしてみたい、男らしさがなくても男同士の友達付き合いをしてみたい、嫌悪感のない身体の触れ合いがあるなら知りたい、ふぁびゅらすでマスキュリンな人に誘惑されてみたい、おれを置いてどかどかとどっかに行ってしまう女性に片思いしてみたい

こそこそとなら言えるようになったこういう話をもっと堂々としたいな

今はまだ、家のお風呂でひとり、膨らんだ乳房のあるからだで踊っています。

 

鏡の中のわたしは知らない人

 

わたしは

 

自分のことはすきだ

 

たぶんだれにも言ったことないけど、鏡にうつった自分を見て、お、かわいいなっていつも思ってる

 

でもそれは家の鏡の前でだけ

 

 

 

学校のトイレで、駅のトイレで、友達の家の洗面所で、

 

完全にひとりの空間じゃなくなっただけでその感情はなくなる。

というかあるのはあるんだけど、表に出てこなくなる。

 

わたしはメイクに関心があっても、面倒だったりメイクをした自分の顔がすきじゃなかったりして、メイクにあまり力を注がない。というかたまたま気が向いたとき、1年に数回程度しかしない。

 

髪も、スタイリングしたらもっとかわいくなるかな、かっこよくなるかなって思うけど、朝起きられないし面倒だし準備の時間配分が大抵合わないし、でほとんど手を加えないで過ごしてる。

 

 

 

そうすると外出先で鏡の前に立った時、こんなに外見に力を注いでないのに、鏡で何をチェックするんだ?とそわそわし始める。

 

変なとこないかなって確認するために立ったのに、髪を結び直すために立ったのに、目やについてたらやだなとか思って立ったのに、

 

わたしみたいなやつが鏡の前立って外見気にしてるの変だよねーー、気にするほどきれいにしてないのにねー、だれも見てないのにねーー、みたいに思い始める。

 

 

そしてこれがわたしの声じゃないことはわかってる。

だって本当は鏡の前に立って自分の姿を見るのはすきなのだから。

 

風呂入ってたって、シャワーが水からお湯にかわる間にすぐ鏡で表情変えて遊び出すし、お気に入りの服を着たら帰宅後着替える前に自撮りだって撮る。

 

だれの声かもわからない、わたしを責める声に怯えて、そそくさとトイレを洗面所を出ていく姿は、本当にすきになれない。

 

今鏡の前に立っているわたしはだれなんだろうね。

家にいる時とは別人みたいな顔してるね。

鏡の中のわたしは全然励ましてくれないね。

鏡の中のわたしもだれなんだろうね。

 

いつかこの鏡にうつる知らない人をわたしの中に感じられたらいいな。

 

わたしがわたしを掴んでさえいれば

今日、昼にカウンセリングに行ったんだけれど、そこでわたしの苦しかった6年間をカウンセラーさんが見つけてくれて、うれしくて泣きそうになった。

でも泣きだしたら話せなくなりそうだったから、涙が出そうになる言葉の2ミリとなりぐらいの言葉を選びながら話して、1時間のカウンセリングは終わった。

 

その6年、なにがあったかというと、自分が誰だかよくわからなかった。

なぜなら、わたしは中学から高校に上がるときに自分でもなんでかわからないのだけれど別人のように性格が変わったから。

 

それまで人の目を集めるのがすきだったわたしが、なにかに怯えて過ごすようになった。くりかえすけど、理由はなぜだかわからない。

でもとにかく、自分の言動すべてが疑わしかったし、視界はたいていモニターを通してみているような感じがした。

 

そこから高校3年間はよくわからないまま終わって、大学生になった。大学生になってからは少し変化があった。怯えなくてもいいことに気づける機会があった。怯えていることを口に出せる場所があった。わたしを怯えさせるなにかは、たぶんわたしのせいだけじゃないことがわかった。自分でも怯えないようにするにはどうしたらいいのかもがいた。

 

少しずつ自分を感じることができるようになって、本当に最近、2週間前ぐらいから中学生の時のわたしを思い出すような振る舞いをするようになった。

中学から今の間の6年間、これがまったくわたしでなかったわけではないだろうが、でもなんか戻ってきた自分に、ああ、こんなんだったっけね、「このわたし」がわたしの中に存在することがなんでこんなに大変だったんだろうって思った。

 

 

 

今日のカウンセリングではもっともっとざっくり話したわけだけど、でもわたしが自分の気持ちと向き合ってきたことを、カウンセラーさんはすごいねって言ってくれた。自分の気持ちをなかったことにしないように拾って、考えて、どうしたら次につながるか練って、動いてまた拾って……

 

自分が誰だかわかんなかったところから、自分の気持ちをわかって掴んで離さないようになるまで。このことをあまり人に話したこともなくて、このこと自体もわたしが離さないようにしていないとどこかに消えてなくなってしまいそうだったから、それがだれかの意識の中にあったのがうれしかった。

 

 

ここまではよくて、

 

夜、最近出会ったばかりの人と話をしたのだけれど、もっと躊躇わずに思ったと同時に動いていいんだよ、と言われて、

 

たぶん優しさで言ってくれたのだと思う、躊躇う必要はないよって。

でも、なんか、6年かけてやっとここまで来たというか、むしろ最近は調子が良かったし、てか躊躇う必要がないなんて6年前から知っているし、できるならもうとっくにやってるよ、みたいななんか、その人もわたしのことをあまり知らないし、わたしもその人をよく知らないし、で。あーーーーーなんかずれていくやばい、やばいってなって。

 

わたしにとっては大きな前進だった6年間は、この人にとっての理想よりはるか手前で、いや今の自分に満足してるわけじゃないけど、でもこの過去の歩みは結構頑張ってしたしな、とか思ったりして。

 

この6年についてちゃんと知ってるのはわたしだけだし、てかわたしが大事にしているうちはちゃんと存在するし、手放さなければ消えないし、誰かに認識されていなくたってわたしが知っていれば、

 

とにかくわたしが覚えている限りはだいじょうぶだから、と自分に言い聞かせて帰ってきた。でも悔しくて悔しくてしょうがなかった。今この相手にとっては存在すらない6年間、理想から離れたわたしが目の前に座っているだけ。そんなことに怒ってもしょうがない。

 

 

でも、だからこそ、怒ってもしょうがないけど、言葉に出したってしょうがないけど、わたしだけはわたしのことを覚えておくから。大事に掴んでおくから。手放さないから。

お守りのようになんどもなんども頭の中でここにちゃんとあるよと繰り返した。

あなたの宇宙に、わたしはいた。

 

しばらく元気だったのにここ数日鬱がひどくなって、昨日はごはん食べきれなくてその後眠って、アヤノちゃんのライブがあるのに動けなくて、気づいたら開演に間に合わない時間になってて。

 

ライブ行くの初めてだったし鬱だったしでどうでも良くなりつつあったんだけど、もうこの世の終わりだくらい沈んでいたから、終わるんだったらその前にちょっと聴きに行こうと思って行った。

 

途中からでほんと申し訳なかったんだけど、とりあえず中入れて、曲終わるまではドアの近くで待って、そしたらその位置からはアヤノちゃんの姿は見えなかったんだけど歌声を聴いただけで涙出てきちゃって、ずっと苦しかったのに最近涙が出なかったからびっくりして涙止まんなくなっちゃって。

 

 

わたしには涙が止まらない脆い時と涙が出ない脆い時とがあるんだけど、わたしは後者の方が危ない状態なので、本当に助かった。泣けたのが本当にうれしかった。

 

まだ死んでなくてよかったな、またアヤノちゃんの歌を聴くために生きていくのかな、遅れてでも来てよかった、ぐちゃぐちゃのままでいいから明日迎えてみるか

 

そんなこと考えながら聴いてた。

 

 

 

帰りは疲れちゃって電車乗るまで30分くらい駅前で動けなくなっちゃったけどなんとか帰ってきて、ご飯食べて、少し寝て、今湯船でこれ打ってる。なんとかやっていこう。そんな風に思いながらまたアヤノちゃんの歌を聴いてる。

 

あのときホールでアヤノちゃんの歌を聴いてる間だけは体がすごく軽くてわたしは宇宙に浮いてるのかなと思った。